超国家主義『民族の意志』同盟
政治家資格を再確認せよ
「パンよこせ!」これは、洋の東西問わず、古今革命の原点である!
西暦1789年フランス革命で民衆決起したは自由平等博愛という理念から起こったのか?
アメリカ独立革命は開拓精神から?
とんでもない!
民衆にとっての崇高理念は、いつの時代にも「今日の飯」に他ならない!
小泉首相の異常人気の裏で、じわり失業者が史上最悪状態となっている!
評論家風情はやれ景気だ雇用だと堂々巡りの愚にもつかぬお喋りをし続ける!
ぬけぬけと国民に痛み強要してはばからない小泉内閣は、まず自らの痛みを国民の前に示すべきだ!
政治家たるものそれを商売としてはならないし、資産構築の手段とすることは断じてあってはならない!
即ち、自らの資産は国庫が火の車であれば当然放出し、国民に範を垂れるべきだ!
更には、給与などは最低の衣食住とその職務を全うする必要経費を確保できれば良いのであって、無駄な余分給与は必要ない!
当然ながら閣僚としての役職手当や、在籍に応じた特別手当なんぞはもらうべき必要性など微塵もない!
政治家は身命賭した職務全うすべきであって、当然兼業は禁止である!
国家国民の為に尽くすがための政治家は、清貧を信条とすることが至極当然であろう!
このような環境にあっても是非政治家となることに燃えるものだけが政治家としての資格をえるのではないか!
また、現在にあっては、ボケ平和の中で、いくら政敵といえども命を的にされることは考えられない。
私から見れば、このほうが尋常ではないとおもうのであるが。
そもそも政治とは権力闘争であり、それは政敵の命さえも奪うことができることを意味するのである。
法秩序に則る政治だけが政治ではないことを、歴史からしかと学ばなくてはならない!
幕末における維新の志士と新撰組との壮絶な殺傷、フランス革命、ロシア革命、そして西暦1930年代のドイツ政治、さらには世界中の現在選挙を鑑みれば、暴力と殺戮は政治とは切っても切れない縁であることを断じて忘れてはならない。
これは一体何を言わんとするのか。
国難直面する時代、政治家たるもの、自らの生命を安全地帯に預けたまま言動し続けることはあり得ないことを明記せよ!
官僚の職務を代行するがごとき政治屋の現職務は、本来の政治家の仕事ではない!
政敵から暗殺される、公然と処刑されるとの覚悟をもって、いつ何時でも命を捨てる覚悟をもった者だけが政治指導者となることができるのであり、国民や国家の将来を双肩に背負う資格があるのである!
いま、常に命を的にする政治指導者としての覚悟をもった者がいったい何人永田町に存在するのか?
また、これから死と隣り合わせの政治家を目指す者がいったい何人いるだろうか?
現在政治屋の殆ど全員が、この割に合わない職務を即座に放棄することであろう。
生命尊重の時代、政治生命と真の生命とを明確に区別して無責任を当然とする政治ごっこで、好き勝手に永田町を泳ぐうじ虫どもは、来たる国難に直面すれば瞬時に霧散することであろう。
自らの生命を祖国に預ける!
平然と国賊を処刑できる!
国益国民守護すべく勇断もって戦争遂行できる!
このような覇気と勇気もった指導者のみが、偉大な英雄政治家として歴史に登場すべきである!
党利党略・私利私欲の無責任と無為無策に興じる既成政党が見るも無残な体たらくを示す現在、あらゆる既成政治を粉砕する偉大な青年が新しい政治を構築するのである!
選挙制度、議会制政党政治、三権分立といった近代政治システムを無条件に信じて疑わない守旧派どもを一刻も早く覆滅しなくてはならない!
反議会制、反自由主義、反民主主義、反選挙。
諸君!
あらゆる既成価値観に果敢に挑戦し反撃しようではないか!
あらゆる既成価値観、既成常識、既成理性を微塵に粉砕しようではないか!
破壊と建設を兼ね備えた偉大な行動政治。
戦争をも恐れぬ平和追求政治。
暴力さえ肯定する非暴力追求政治を一刻も早く実現しようではないか!
強力な日本!
偉大な日本!
が合言葉である!
いざ、新しい歴史、新しい常識、理性を建設すべく、旧態依然の価値観を粉砕せよ!
わが超国家主義政権の樹立こそが偉大な新文明闘争の担い手である!
日本を変え、世界を変え、そして世界史を変更しようではないか!
諸君!
わが隊列に参画し、老獪なるポツダム議会屋を踏み潰せ!