超国家主義『民族の意志』同盟
白人帝国主義
超国家主義が目指すもの
同盟が主張する超国家主義とは、第一に白人帝国主義支配体制を打倒し、民族共同体世界新秩序建設を目指す戦闘的民族主義であり、第二に白人帝国主義者がつくった「近代・西洋およびキリスト教」による白人優越文明に代わる、日本の民族精神を価値観とする新しい文明を構築するための闘争を意味する。
第一の民族共同体世界新秩序とは、従来の国家主義概念では国内的結束、アジアの開放と共栄圏の建設を提唱しているのに対し、われわれは国内を民族の共同体として統一し、自主独立国として開放されたアジア諸国と国家間の共同体機構をつくり、その指導的立場に立たんとするものである。同時に、白人帝国主義者によって分割された世界において、国境の再編を求めるものである。
従来の国家主義思想は、どちらかというと外圧からの防衛意識が強い。古くは支那大陸における唐の膨張により、朝鮮半島にあった任那の滅亡という危機的状況から、大化の改新を行うことで国内的結束が図られ、唐の南下を防ごうとした。また近くは近隣アジア諸国が欧米の植民地とされたことに危機感を募らせ、明治維新によって国内的結束を図り、近代国家となることで欧米植民地主義の魔の手から免れたのである。
われわれの提唱する超国家主義は、このような外圧からの防衛という消極的国家主義ではなく、アジア地域、果ては全世界の共同体機構を主導できる強国を建設するという積極的国家主義なのである。
第二にあげた日本の民族精神を価値観とする新文明の構築とは何か。それはわが国が担う世界史的使命を国民に自覚させ、ヒューマニズムを超克した新文明を指導する国家としてわが国を再生することである。
超国家主義はアングロサクソンの政治思想「自由主義・民主主義」の対極に位置づけられる。すなわち「近代・西欧・キリスト教」文明から生じた、個人主義を基軸とする個を優先する思想を粉砕し、私に対する公の優先、個に対する集団の優勢を明確にする。国家は有機体であり、個々人はその有機体の中で活動する細胞である。この細胞を適材適所に配置することが重要なのである。国家の自由と権利が確立されることによって、はじめて国民の自由と権利は保障されるのである。
暴力と戦争
国家改造、世界新秩序の建設という大ロマン(世界観)を実現するためには、現在の文明が作り上げたありとあらゆる価値観を否定しなければならない。
世間の口舌の徒がお題目のように唱える暴力反対、戦争反対には、実社会の現実が伴わない、まるで子供のママゴトのような、幻想にすぎないのである。
人間の手は友好的な握手の手段になる場合もあれが、相手を攻撃する危険な武器となることもある。暴力や戦争は歴史を通じて、好むと好まざるとにかかわらず、人類とともに存在してきたのであり、これを現在の価値観で否定したところで、その存在そのものがきれいさっぱりと消え去りはしない。交渉は平和的手段のみによって行われるものではない。暴力や戦争、テロなどの存在を認め、それを交渉の選択肢として持ち、止むを得ない場合はそれを選択する覚悟を持たなければならないのである。
醜悪なる戦後民主主義と世界を蹂躙する白人覇権が、人類の進歩という自浄作用によって歴史の舞台から退き、その座を超国家主義運動に譲るのであれば、双方傷つくこともなく円満にことは収まる。しかし、彼らが自分たちの特権を手放さず、あくまでそれにしがみつくというのであれば、超国家主義運動はあらゆる手段を行使して、彼らに鉄槌を加え容赦なく打ち倒すであろう。人間は古い細胞を壊して、新しい細胞を作ることで成長する。それと同じように、既存の文明は新しい文明によって、粉砕される運命にある。この闘争のさなかには、双方傷つくこともあろうが、新文明が誕生することは、最終的にはお互いの利益にもなるのである。これこそが超国家主義運動の闘争美学とするところである。
白人帝国主義
既存の価値観に代わる新しい価値観を提示し、古い価値観を粉砕することこそ維新革命の目的である。現在、国内外で価値とされているものは何か。その検証は、畢竟、欧米白人帝国主義者が世界で大きな影響力を持ち、その影響力を背景に構築された世界秩序の実態を明らかにすることである。
アジア、アフリカ、南米の各国に対して、先進国と呼ばれる欧米諸国は、産業力、経済力、金融力、生活水準、文化水準のどれをとっても圧倒的に上回っており、強い影響力を持っている。しかし世界四大文明(インダス、メソポタミア、エジプト、黄河)の中には、欧米地域がひとつも存在していないことから、現在の白人支配が歴史の必然ではないことがわかる。では、白人種はいつごろから台頭し、その台頭には必然性があったのであろうか。逆説的に言えば、なぜアジア、アフリカ、南米地域の非白人種は、白人種の支配下に置かれるようになったのであろうか。
「帝国主義」や「植民地」といった用語は、歴史教科書の中だけに見ることができ、それらは人類の発達史における過去の事象と思い込まれている。しかし、この白人種が行った政治手法と武力による他国の支配は、歴史上の一過性の事象と思ったら大間違いである。
近代のあらゆる紛争や貧困格差の元凶は、白人帝国主義による世界搾取と白人種の独占システムなのである。アジア、アフリカ諸国の国境線は、欧米列強国の植民地時代に策定された、いわば植民地線ともいうべきものなのである。また、中東の砂漠地帯にある小国は、欧米が石油掘削のためにつくった傀儡国家なのである。この植民地線や傀儡国家の国境によって、同一民族や部族が分断されてしまい、歴史、文化、伝統の違う民族、部族がひとつの国の中に同居しなければならなくなった。そのため同じ国内で、宗教の違いや貧富の格差などを原因とする、血みどろの部族間紛争や利権の争奪戦が絶えず行われているのである。そして白人種は、自分たちの利益を守ることだけを考えて、その争いに介入し、闘いの規模をいたずらに大きくしているのである。
白人帝国主義は、16世紀の大航海時代から数えて現在まで、約500年にわたって世界を蹂躙し続けている。この地域性や民族性を無視した不条理な世界秩序、彼らに都合のいい価値観を粉砕し、打倒することこそ、人類に平和と安寧をもたらすのである。
過去、この白人帝国主義に対し反旗を翻し、勇猛果敢に挑戦した国は、我が祖国日本以外にない。だが、これとても日露戦争では英国との、大東亜戦争では独伊との連携をしなければならなかった。特に大東亜戦争では、日本との交渉を引き延ばしている間に、その裏で用意周到に戦争準備を進めるという、狡猾で冷徹なアメリカの外交戦術に嵌ってしまい、一敗地にまみれた。
その後、アジア、アフリカの植民地が、日本に勇気づけられて1960年ごろから独立を果たしてきた。だが、被植民地国の英雄である日本の凋落によって、新興独立国は指導者を失い、烏合の非白人種と化し、結局アメリカや旧宗主国の白人たちの庇護を受けなければ国家を維持することができず、再びその生殺与奪建を白人に献上することとなってしまっている。
パックスアメリカーナと日本支配
戦後、世界秩序は米ソ冷戦時代を経て、「パックスアメリカーナ」(アメリカ一極支配体制)と呼ばれる状況に陥っている。アメリカは「世界の警察」を自認しているが、実態は世界の暴力団のようなもので、世界のいたるところでアメリカにとって不利益となる国を見つけ出しては、無理難題を押し付け、それでも従わないときは軍隊を派遣して暴力で相手国を屈服させてきた。これが彼らのいう世界平和の実態である。
評論家は、「アメリカが勝手放題できないように、国際的機関や条約がある」と放言しているが、それが国連やNPT核拡散防止条約を指すのであれば、お笑い種である。
国連とはすなわち、第二次世界大戦中に結成された対日独伊軍事同盟=連合国(United Nation)であり、戦勝国のためにつくられた組織に過ぎない。国連の安全保障理事会の常任理事国メンバーをみても、彼らだけが所持する拒否権という特権を見てもそれは明らかであり、敗戦国を踏み台にしてつくられた戦後の世界秩序を維持するためのものでしかない。
NPT核拡散防止条約は、米、露、英、仏、中の五カ国を「核兵器国」と定め、この五カ国以外への核兵器の保有を禁止するもので、第二次世界大戦の戦勝国が核兵器を独占しようとする意図が露骨に表れている。またこの条約の未加盟国であるインドやパキスタン、されにはイスラエルが核兵器を所有しても、アメリカをはじめとする戦勝国は歯牙にもかけないが、条約加盟国の日本に対しては、国連の保護下にあるIAEA(国際原子力機関)の核査察要員を八名も常駐させ、核の兵器転換に目を光らせている。
また、アメリカは自由貿易の美名に隠れて、自分たちが世界経済を牛耳るためにWTO(世界貿易機関。前身はGATT)を創設している。戦後、資本主義経済と自由主義経済のシステムに組み入れられた日本も、このWTOに加盟することでその支配下に置かれ、独自の経済政策に手かせ足かせをはめられている。
改めて言うまでもなく、我が国は法規上、独立主権国家であるが、アメリカが日本を永続的に軍事支配するために、強制的に結ばせた日米安保条約と駐留米軍によって、独立国としての機能も気概も喪失させられてきた。その顕著な例が、2004年8月13日に起きた、沖縄米軍ヘリコプター墜落事件である。墜落現場は、日本が自治権を持つ駐留米軍敷地外であったが、日本の警察や消防は米軍によって墜落現場内へ立ち入ることが許されなかった。これに対して日本政府は、実力行使どころか強く抗議することすらできなかったのである。この墜落事件は、講和条約締結後も日本は米国の支配下にあり、日本の主権は米国の意図によって自由に停止できることを明確に示している。独立主権国家の証である憲法さえも凌駕する、日米安保条約の存在は、いまだに我が国が独立主権国家でないことを証明している。
このように日本を支配し続けることは、現在の白人帝国主義者の覇権維持には、欠かすことのできないものである。かつての有色人種の英雄が復活することは、白人帝国主義者の利権を脅かすことに直結するため、彼らはあの手この手を費やして、必死に日本を支配しようとしているのである。現今の白人覇権を破砕し、人類共栄の新たな文明の扉を開くためには、わが国の覚醒こそが絶対必要条件となるのである。